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福岡地方裁判所小倉支部 昭和54年(ワ)1299号 判決 1981年8月28日

原告

江田昭彦

右法定代理人親権者父兼原告

江田紀昭

右法定代理人親権者母兼原告

江田カヅ子

右原告ら訴訟代理人

岩成重義

被告

佐々木勝典

被告

佐々木敦子

右被告ら訴訟代理人

阿川琢磨

被告

北九州市

右代表者市長

谷伍平

右訴訟代理人

松永初平

主文

一  被告佐々木勝典、同佐々木敦子は原告江田昭彦に対し各自金三二五万六四七八円及び内金二八五万六四七八円に対する昭和五二年四月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告江田昭彦のその余の請求及び原告江田紀昭、同江田カヅ子の請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は、原告江田昭彦と被告佐々木勝典、同佐々木敦子の間においては、これを五分し、その四を同原告の負担、その余を同被告らの負担とし、原告江田紀昭、同江田カヅ子と同被告らの間及び原告らと被告北九州市との間においては原告らの負担とする。

四  この判決は第一項につき原告江田昭彦において被告佐々木勝典、同佐々木敦子に対し各金五〇万円の担保を供するときはその被告に対し仮に執行することができる。

五  被告佐々木勝典、同佐々木敦子は原告江田昭彦に対し各金一〇〇万円の担保を供するときは前項仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

原告ら主張の請求原因第一項の事実、第二項1ないし4の事実(但し4の(一)の学習中であつたとの点を除く)は当事者間に争いがない。

右当事者間に争いがない事実に<証拠>を総合すると次の事実が認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。

1  昭和五二年四月一二日北九州市立平野小学校五年三組の五校時(午後一時五五分から同二時四〇分まで)終了直後、同組担任教諭溝口幸義は原告昭彦から五校時の図工のポスターが未完成でありなお居残つて完成したい旨の希望をきいて同様なお未完成であつた組全員四〇名位の約三分の一に対し居残り学習を許可する旨告知し、同時になお在室する既にポスターを完成済の組全員の約三分の一の児童に対し速やかに帰宅すべき旨を告知した上、午後三時から開かれる職員会議に出席すべくその旨児童に告知して二時五五分頃教室を出たこと

2  原告昭彦らがポスター完成作業を継続するうち、既にポスター完成済の児童数名は教室内で紙飛行機を飛ばす遊戯に熱中する余り、同原告らの制止を無視し、教室後部窓側の教師机の後方の棚に置いてあつた教材用画鋲鑵から画鋲を取り出し、これを紙飛行機の先端部にセロテープで固定してポスター作業中の児童の頭上等を飛ばせ始め、訴外佐々木一朋もこれに加わつたこと

3  午後三時一五分過頃原告昭彦はポスターを完成し、帰宅のため教室後部の棚にパレットを納め自席に戻る直前対向して一朋が投げた紙飛行機が曲行して同原告の左眼に当たり、同原告は昭和五二年四月一二日から昭和五四年一〇月二九日までの通院(治療実日数四〇日)、昭和五二年五月二〇日から同年六月三日まで一五日間の入院による治療を要する左外傷性白内障、穿通性角膜創、続発緑内障の傷害を受け、受傷前の視力1.5が0.01に低下し、コンタクトレンズによる矯正視力も0.7に止まる結果となつたこと

4  従前同校においては放課後児童が居残つて学習のみならず漫画本を読んだり遊戯をしたりすることもあつたが、教諭はもとより学校当局も一応放課後の速やかな帰宅を建前としながらも必ずしも右建前を厳格に実行せず、事実上居残りを黙認する姿勢を持していたこと

5  また教室内における児童の遊戯について、紙飛行機を飛ばすことはしばしばあつたが、その先端に画鋲等を固定することは本件事故発生当日が始めてであつたこと

右認定の事実によれば原告昭彦の負傷は一朋の違法な行為によつて生じたものであることが明らかであるが、原告らの請求のうち原告江田紀昭、同カヅ子の慰謝料請求は同原告らの子である原告昭彦が死亡又は死亡に比肩すべき傷害を被つた場合に限り許されると解すべきところ、昭彦の受傷がなお死に比肩すべき程度に至らないことは前認定から明らかであるから、いずれも失当であり、以下原告昭彦の関係において被告らの損害賠償責任の有無を検討する。

先ず被告佐々木勝典、同佐々木敦子の責任について考えるに、本件事故発生当時同被告らは一朋の親権者であつたから同人を監督すべき法定の義務を負担すべきところ、一朋が当時行為の責任を弁識するに足るべき知能を有していなかつたことは当事者間に争いがないところからすれば同被告らは民法七一四条一項により一朋の違法行為による損害の賠償責任を負担するといわなければならない。

同被告らは小学生以下の児童の登校後下校までの時間中は父母の監督を期待できないこと特に本件の場合事故の直接の原因となつた画鋲の管理権限は学校側に専属するものであることを理由にその損害賠償責任を否定する。

しかしながら民法七一四条一項にいう児童の行為に対する父母の監督義務とは具体的、現実的な義務に限定されるものではなく児童の生活全般に関する一般的、基本的な義務をその内容とするものであるから、たとえ当該児童が学校内において同法条二項の代理監督者である教師の指導監督を受けるべき状況下にあつたからといつて直ちにその義務懈怠による責任を免除さるべき性質のものではない、のみならず本件事故発生は放課後学校の指導監督が終了した後に係るものであるから、所詮この点の同被告らの主張は失当である同被告らが平素父母として一朋に対し一般的、基本的に違法行為防止の義務を尽していたことは本件全証拠によるもこれを認めるに足らないし、却つて、前認定のとおり、本件事故は一朋が溝口教諭の指示を無視して居残つたことから生じた点及び原告昭彦らの制止を無視して他の児童の危険な遊びに無反省に同調した点に着目すれば、同被告らが父母として平素から一般的な監督義務を怠らなかつたとは到底認めがたいのであつて、同被告らは一朋の違法行為による損害賠償責任を免れることはできない。

次に被告北九州市の責任を考えるに、国家賠償法一条一項の「職務を行うについて」とは職務行為自体のみならずこれと関連して一体不可分の関係にある作為不作為の行為を含むと解すべきところ、本件はたとえ放課後といつても溝口教諭において居残り学習を許可した児童が教室内で居残り学習中に同級生から負傷させられた場合であるから、同教諭のなした居残り許可の行為が同法条の「職務を行う」に該ることは明らかである。

そこで同教諭の過失の存否につき更に進んで検討を加えるに、原告らは授業時間と同視すべき時間中であるから、それに相応しい監督と適切な指示を与える義務があるに拘らずこれを怠つた旨主張するのに対し被告市は放課後小学校高学年に居残り作業を許可した場合においては、危険を予測できる特段の事情がない限り、担当教諭には該作業に付きつ切りで監督すべき義務はない旨抗争する。

思うに、小学校高学年の担任教諭が放課後一部の児童に対し居残り学習を許可するに当り居残り学習を必要としない相当数の児童がなお在室する場合において、その担任児童が法律上責任能力を有しないといつても、小学校高学年ともなれば一応学校生活にも適応し相当の自律能力、判断能力を有しているものであるから、教諭としては、正規の教育活動が終了した以上、危険の発生を予測できる特段の事情がない限り、該学習終了まで付きつ切りで監督する義務を負担するものでないことはもとより、なお在室する学習外児童全員の退室下校を強制又は確認すべき注意義務までを負担するものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前認定のとおり、溝口教諭は、原告昭彦外にポスター完成のため居残りを許可するに当り、既にポスターを完成しながらなお在室する居残りを必要としない児童らに対し速やかな帰宅を指示して自らは職員会議に赴いたものであつてその間なんら注意義務違反の事実は見当らないし、画鋲の保管管理についても教師として特に注意義務に違反した事情は見当らないのであつて、画鋲を固定した紙飛行機遊戯は過去になく、本件事故発生当時始めての遊戯であつたことに照らせば、本件事故の発生は溝口教諭にとつて事前に危険を予測できない突発的事故であつたという外なく、同教諭に過失の責を問うことはできないといわなければならない。原告らの被告市に対する請求は失当である。

そこで被告佐々木勝典、同敦子の関係において原告昭彦が被つた損害を考えるに、原告江田紀昭本人の供述と同供述により成立の真正を認める甲第七号証の一、二、第八号証を総合すると、同原告は本件受傷により診断書料として金七〇〇〇円、入院雑費として一日金一〇〇〇円の割合による一五日分金一万五〇〇〇円の支出を余儀なくされた外、受傷後平均四年に一回の割合で五六年間一四回に亘りコンタクトレンズの装着変更が必要となり、一回当り病院諸費用八〇〇〇円を加えて金二万五〇〇〇円の支出を余儀なくされることが認められる。しかして将来の物価上昇等を考慮すれば中間利息を控除しないことが相当であるから、コンタクトレンズ代は合計三五万円となり、前記雑費等と合計すれば金四三万五〇〇〇円の損害を被つたこととなる。また逸失利益は、成立に争いがない甲第九号証によれば、昭和五二年度高卒者の全年令平均賃金は月額一六万八〇〇円であることが認められるから、一〇才で受傷した同原告が一八才で就労し六七才まで稼働するとして、その四九年間の得べかりし収益を年別複式ライプニッツ方式により中間利息を控除して算出すれば、矯正視力0.7の労働能力喪失率を労働基準法施行規則別表身体障害等級表第一三級相当の九パーセントとして、金二一三万五五九八円となる。

(160,800×12)×(187,605−64,632)×0.09=2,135,598(円未満四捨五入)

ところで本件事故の発生の原因については、原告昭彦にも同級生が画鋲付紙飛行機を飛ばせていることを知りながらその遊戯状況に殆ど注意を払わなかつた点において若干の過失があることを否定できないから、以上の損害合計金二五七万五九八円の二割を被告らの賠償損害額から控除すべきであり、そうすれば金二〇五万六四七八円となる。

また諸般の情況に照らせば同原告の慰謝料は金八〇万円が相当であるし、被告らが同原告に対して支払うべき弁護士費用としては金四〇万円が相当である。

以上の次第にて被告勝典、同敦子は原告昭彦に対し各自右合計金三二五万六四七八円及び内弁護士費用相当損害金を除く二八五万六四七八円に対する不法行為の翌日の昭和五二年四月一三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、同原告の本訴請求中右部分は正当としてこれを認容し、その余の請求及び原告紀昭、同カヅ子の請求は失当としていずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九二条、仮執行の宣言及び同免脱の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(鍋山健)

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